20代からの日常に活かせるオモシロ教養ブログ

20代〜30代のための日常で役立つコンテンツを教養というテーマに沿って漫画や映画などの様々な視点から配信。

エピソード1〜青春と程遠い学生時代。

ボクは、物心ついた頃から野球少年でした。


毎日ボールが見えなくなるくらい
真っ暗になるまで、練習していました。


小学校6年生の時にはチームのキャプテンを
務めたこともあります。


ポジションは内野だったけど、
外野手のイチロー選手に憧れてました。


普段はお笑い番組かアニメしか観ないくせに、
イチロー選手に関する番組だけはしっかり観
ていました。


よく彼の場バッティングフォームを真似ては父親に
「マジメにやれ!!」と怒られていたのを覚えています。


お世辞にも強豪校と呼べるような学校で
プレイしたことはなかったけど、チームメイトと
一緒に白球を追いかけたのは今でも忘れることの
できない良い思い出です。

 


野球を始めたきっかけは父親の影響です。


小学校の野球初年団も、中学の野球部も
父親の勧めで入部しました。

 

元々、野球を含め球技全般は好きだったボクは

小学生の時は隣町のサッカー少年団に
入りたくて(漫画のキャプテン翼の影響(笑))

中学生の時はバスケ部に入りたかったんです
(漫画のスラムダンクの影響(笑))


だけど、高校だけは自分の意思で野球部に入りました。


高校球児って響きがなんかカッコ良く思えたんです!!


そして本当に心の底から野球が好きだと気づいた
のは高校最後の試合が終わった時です。

 


高校を卒業しても野球を続けたい。


そこで、進路相談の時に担任にその思いを
打ち明けます。


当然、応援してくれるものだと思い込んでいました。


ところが、そんな甘いもんじゃないと一喝されます。


親、卒業した先輩、誰に相談しても同じ答え。

 

え!?大人になると好きなことができなくなるの??


ボクは生きがいを奪われたような気がして、そこから
一気に何にも興味をしめさなくなります。

 


やりたいこともできない人生のどこに
楽しみを見出したらいいんだろう??

 

野球部を引退してからのボクは、好きなことを
大人達の常識的な意見によって奪われた悲しみ
で、ただ漠然とした時間を過ごすだけでした。


季節はちょうどセミが鳴く時季。


周りの同級生達は遊びや恋愛と高校生活最後の
夏を楽しんだり、受験勉強など自分の将来に
向かって走り出していたりと、

それぞれに青春の1ページを刻んでいる
ようでしたが、ボクはと言えば

セミの抜け殻を見つけては自分と重ねる始末。


正に抜け殻状態の青春とはほど遠い高校最後の
夏・・・

・・・

・・・

・・・

・・・ボクの時間だけが止まったままでした。

 

しかし本当に時間が止まるなんてことがある
はずもなく、決断の時は刻一刻とせまっていました。


そうです。卒業後の【進路】という厄介なものを
決めなければならなかったのです。

 

誰しも経験することかと思いますが、【進路】の
選択とは大抵の場合、

就職か進学の究極の2択を迫られるわけです。


たったの2択です。


世の中には多種多様なライフスタイルの人が
大勢いるはずなのに、ボクらは子供のころから
この2つしか教えてもらえません。


ボクらはたった2つの選択肢から、

『みんなそうするから』という理由で進学を選んだり、


『働かなきゃ生きていけない』という、一見まっとうな
ようだけど根拠のない大人の意見を鵜呑みにして就職を
選んだりしちゃうんですね。

 

ボク自身も、他に方法ねえのかよ!?


と疑問に思いつつも、当時はそれ以外の選択肢を
持っている人に出会ったこともなかったし、自分
自身で知ろうともしなかったので、もれなく世の中
の流れに巻き込まれていきます。

 

よくいる典型的な、
「学校の勉強なんかしたって将来の役にたたね〜だろ!!」
と屁理屈を言っちゃうような困ったやつだったボクは、
当然、勉強するのは大嫌いだったし、そもそも学ぶ姿勢
事態が欠如していたので仕方なく、勉強するよりは働いた
ほうがまだマシかな。と消去法で就職を選択します。


そして、父親の「公務員になれ」の一言に、


まぁ公務員ってリストラとかないらしいし、
ボーナスもちゃんと出るみたいだからとりあえず
そうしとくか。


と他にやりたいことがあったわけでもなかったので、
その場のノリで決めてしまいます。


さて、そんなテキトウな判断で進路を決めたボクは
果たして新しい環境でちゃんとやっていけたのでしょうか!?

 

続きが気になる方はこちらをご覧ください。

kohcltr.hatenablog.com